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谷本 景[陶造形・伊賀焼]

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三重県伊賀市の由緒あのる伊賀焼茶陶の窯元「三田窯」の当主です。
十数年前から、伝統的な茶陶器の作行きを超えて、古代と現代を結ぶような造形の領域を切り開いてきていますが、
今年あたりからは、陶板制作に取り組み始めて、より現代的な造形表現の世界を求めています。

 

 

 

十数年前から始まった「古代から」シリーズの作品

61×57×11cm

 

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「古代から’18」

50×26×13cm

 

 

 

「陶板(1)」

40×32×3cm

 

 

 

「陶板(2)」

40×30×5cm

 

 

 

「陶板(3)」

40×31×4cm

 

 

 

「陶板(4)」

40.5×30×4cm

 


 

[プロフィール]

1948年  伊賀上野市に生まれる

1970-1972年 美濃にて日根野作三・加藤仁氏に師事

1972-1973年 伊賀三田窯にて作陶

1973年  西欧十ケ国美術研修

1973-1977年 パリ在住

1973-1975年 ウィリアム・ヘイターのアトリエ17にて銅板図を学ぶ

1974年  Diana BerrierとLe Chival a l’Enversを創設(パリ)

1977年  ギメ東洋美術館にて陶芸のデモンストレーション(パリ)、帰国、三田窯を継承する

2000年  やきもの探訪(NHK・出演)

 


 

[論評]冊子「人は日々」No.02より)

日本美の伝統から同時代の日本美へ

谷本景さんは三重県伊賀市に在住する陶芸家で、その陶房は三田窯という名前の、茶道具を専門に焼く窯として知られていた。伊賀焼の茶陶と聞けばこれはもうゴリゴリの伝統工芸をイメージするが、谷本さんの尊父の光生さんというのが日本では初の「抽象陶画」というジャンルを開拓したり、シルクスクリーンの版画作品を制作したりする、進取の気質に富んだ人だったので、一九七〇年代当時から私は三田窯を要チェックと見ていたのである。そして景さんもまたフランスに渡って版画の技術を学ぶなど、伊賀焼の将来に期待を抱かせるような勉学の形跡を残していた。

(中略)

なぜ、陶板なのか。谷本さんの話を聞いていくうちに、平面表現ということが、その初期から一貫して景さんの創作の根底に流れているということに気が付いた。若年時、陶芸を始める前には絵を描くことに興味を集中させていたようだが、ゆくゆく三田窯を継承する必要上陶芸の創作の道を進んでいくことになる。しかし版画の技術を習得するためにフランスに留学したことからも伺われるように、平面表現の世界への志向は強く残しているし、陶芸家として立ってからも、作陶の合間に版画や水墨画などの平面作品をコンスタントに作り続けてきたと、私には見えている。

(中略)

初夏に見たものは、粘土をアクションペインティング風に散らばらせたり、ストライプ模様を描いたりしていたのが、この夏以降に作られたものは、水玉をモチーフにして色彩はカラフルに彩色して、表現が大胆さを加えてきた。この水玉模様はどこから着想したのかと訊くと、日本の戦後美術の一翼をなして存在感をアピールした“具体美術協会”で活動した田中敦子の名前が出てきた。ストライプの発想源は山田正亮、それから浅野弥衛という三重県鈴鹿市で活動した抽象画家の名前も出てきた。