「美の用」をつくる
絵画
井上まさじ(いのうえ・まさじ)

                                            


                                               人のなせるわざか、自然のわざか。  
















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経歴
1955年愛知県豊川市生れ
1986年ー1989年 個展 LABORATORY/札幌 1990から現在まで毎年 
            個展 ギャラリーミヤシタ 新作発表       
1996年 個展 GALERIA KUCHINA SBWA/ポーランド・ワルシャワ           
      「北海道・今日の美術 語る身体・10人のアプローチ」北海道近代美術館/札幌  1998年  「知覚される身体性」 芸術の森美術館/札幌       
2006年 個展「画層の堆積」 マキイマサルファインアーツ/東京       
2008年 個展 ギャラリーエクリュの森+土日画廊(静岡・三島 東京・中野)       2009、10年 個展 土日画廊




[コメント]

笹山 央


 一見真っ黒い網点の集合のように見える作品(左上)は、井上さんが毎朝起床後に、先の細いペンで一定の時間描き続けているものです。紙の左上から始めて横に描き連ねていき、右端までくると一段下がってまた左端から始めていく、という方法をとっています。つまり単純に機械的な描き方をしてるんですね。

みなさんはきっと、そういうのを「絵」といっていいんでしょうかと疑問を呈されるでしょうし、機械的な繰り返すだけなら誰だってできることだから有り難みがないと思われるにちがいありません。それに第一、何を表現しようとしているのでしょうか?

私(筆者)が初めてこの作品を見たときに、単なる網点の集合にすぎなく見えるこの「絵」にも密度のかすかなゆらぎがあって、そのゆらぎの形に「気の流れ」を感じました。「気」というものはそれ自体、とても澄んだ状態において感じられるものだと私は思います。心の状態が穏やかで澄んでいなければ「気の流れ」を感じることはできません。

だからこの作品を通して作者が「何か」を主張しているというよりは、「気の流れ」そのものが表象化された「絵」であると見ることができるのです。それにこんなに細かい作業を乱れなく持続していくことは、実は容易なことではありません。やはり気が充実していなければなしえないことです。

他の3点の作品には色がついていますから、少しはホッとされるかと思います。これらの作品から受ける印象は、空の光の色とか、大気が孕む神秘の気へと連想していくようなものでしょうか。しかしこれらの作品でも井上さんは、そういったいわば「自然の光景」のようなものを描き表そうとしているわけではありません。

作画法はいろいろあるみたいですが、井上さんから直接聞いた方法をひとつ紹介しましょう。下準備として、画布の上に何色かの絵の具の層を作っておいてしばらく放置しておきます。半年から1年間ぐらいしてその表面を細いペン先で彫っていくと、下に埋もれていた絵の具の色が再び見えるようになります。ところが半年から1年の間に、どんな順番で色を重ねたかすっかり忘れているので、どういう色が出てくるのかはわからないままに線を彫っていくそうです。失敗することも当然あるでしょう。

つまりこれらの色つきの作品もまた、機械的な作業を即物的に繰り返しているだけとも言えるのです。それがこんなにも美しい画面を創り出しているのです。なぜでしょうか。

 井上さんの「絵画」は、私の見るところでは、物質(絵の具)と意識と、意識を超えたものが微妙に絡み合うところから生まれてきています。これは一種の「自動記述法」と呼ばれる方法だと思います。そこから「自然」のかたちや色が浮上してくるのですね。井上さんは北海道に住んでいます。絵の描き方と北海道の自然とは何の関係もなさそうですが、実は深いところで繋がっていると感じさせるところが井上さんの絵の面白いところです

                            (『土地家屋調査士』2010年8月号より)


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