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次回の開催[Part Ⅲ-1]予告・出品者紹介

[Part Ⅲ-1]

会期———— 2018年4月23日(月)ー28日(土)
会場————ギャルリ・プス
出品者———黒沼大泰(油画)・寺松尚美(ガラス工芸)・仲田有希(油画)
※ 会期中の1日、ギャラリートークを予定しています。

 

出品者紹介

[作品画像、企画者のコメント、出品者のコメントで構成しています。]
黒沼大泰 Yasuhiro Kuronuma (油画・今年卒業)

 

 

 

 

 

 

 

(左)「premodernism」 板・アクリル絵の具・金箔 1167×1167mm (右)同部分

 

[企画者のコメント]
「現代工芸論」の講義で提出してもらったレポートのタイトルは「取り合わせの美――生活の文脈から切り離された「美術品」について」とあって、
「日本人の庶民的、一般的な美意識は花鳥風月のまま、つまり江戸時代のまま止まっている」と書いていた。
黒沼自身の制作も表層的には花鳥風月風の伝統的画像に基づくかのように見え、ある意味、美的感受性の日本的リアリティに正面からぶつかっていこうとするものであろう。
また金箔の扱いにおいて西洋的技法と日本的技法をミックスしたイリュージョンの創出を試みるなど、戦略的にも創作的な意味合いにおいても、ある“新しさ”が感じられる。
[出品者のコメント]
「日本人の庶民的、一般的な美意識は花鳥風月のまま、つまり江戸時代のまま止まっている」
百貨店美術画廊での展示活動を通し、私はこのように考えるようになりました。
花鳥風月や伝統工芸にこそ現代日本人の美的感性のリアリティが厳然と居座っていると考えるわけです。
それはとても巨大な、岩盤のようなリアリティであって、そのリアリティに立ち向かっていき、そこから“現代性”への通路を切り開いていこうと志すところに、
本当の意味での“日本型現代美術”の展望とスリルがあると考えています。
中世ヨーロッパの祭壇画に用いられた黄金背景技法、明暗法を中心としたデッサン理論、光学の発展により構築された色彩理論など、
異なる時代既出の理論や技法を組み合わせることで、現代性のある「見たことないもの」を生み出したいと考えています。

 

寺松尚美 Naomi Teramatsu (ガラス工芸・4年)

(左)「咲きつづく」 ガラス/キャスティング h195×d150×w230 mm

私たちは変化していくが、存在していた一瞬一瞬は記憶の中で生き続ける。

花のように咲くその記憶をいつまでも忘れないことで、私たちは安心してその手を握ることができる。

(右) 「柱となる」 ガラス/キャスティング h150×d250×w210 mm

私タイには木の幹のような変わらない部分がある。

人は常に変わっていくが、その部分を忘れないようにしたい。私たちは安心してその手を握ることができる。

 

[企画者のコメント]
レポートに書いていたことは、工芸の全体は「民衆の生活に即した用の美を目指すもの、
国家的事業あるいは権力者のステータスシンボルとして美の究極を追求していくもの、個人による創作、の3つの分野に分けられる」として、
そのことを踏まえた上で、「自分が作ろうとしているのは何なのか」を問いかけるものであった。
彼女の創作空間はまだ混沌とした様相を呈する段階にあるが、「ガラスの素材的な性質からくる造形上の特性」と
「ガラスを手で磨く作業から生まれてくるもの」の兼ね合いの中に、自らのテーマを探り出していこうとしている。
[出品者のコメント]
私はガラスを素材に、人との関わりを通して感じたことを形にしている。
粘土で作った形を石膏で型にして、そこにガラスを詰めて窯で溶かすキャストという技法を使っている。そ
うしてできたガラスを自分の手で磨き上げる。自分が触れて作る過程と、ガラスによって自然に作られる過程に分かれるその方法は、
自己の意識によって変化したり意識の外で(あるいは意識の中でどうしようもなく)変化したりする私たち自身と似たもどかしさを感じさせる。
また、多くの時間をかけてガラスを手で磨くことで作品に生々しさと生命力が生まれる。それらに惹かれ、私は現在この技法で制作している。
さて、現代工芸で論じられている「工芸」と「アート」の境目は複雑で曖昧である。
「工芸」の美しいもの、素材を生かしたもの、「アート」の人の心に働きかけるもの、私は両方の魅力に目を向け自分の表現を続けていきたいと思う。

 

 

仲田有希 Yuki Nakata (油画・4年)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(左)「展示2」 (壁面)凧、(中央)アタッシュケース[内側]、(床)アタッシュケース(外観)

(右)「庭へ」 1455×170 mm  綿布・油絵の具

 

[企画者のコメント]
レポートでは、『現代工芸論』中の造形論の展望をめぐっての「物質の限界を超えていかなければ先に進めない」という命題に対して、
自分の制作体験から次のように報告している。
「物質と人が交差するとき、“何か今明らかに違うものになった”と感じられることがある。
それは自らの手中でコントロールしているのではなく、別の次元で物質が作用している。
それらは私が作品を作るときの目に見えづらく、言葉にしがたい神秘だと思っていた。」
物質と人間がいわば交感の作用をなすという神秘的とも感じられる事象に着目して、そこに造形表現への手掛かりを見出していこうとしている。

 

[出品者のコメント]
私は体内の循環や心身の失調状態をモチーフに落とし込んで、絵画として表現しています。
窓や玄関といった建築物に付随したものを心象風景の入り口として描いたり、
多くの解釈で受け取れるよう祭壇画や三面鏡といった元々形式があるモチーフを使用した絵を描いたりしています。
最近では実用性のあるアタッシュケースや凧を一から作り、そこに直接絵を描く事で”動かざるもの”として絵画を固定し、モチーフを描き混んでいます。
工芸的でデコラティブな側面を持たせることで、作品の表面と深層のギャップを模索しています