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桶谷 寧[陶芸]

工芸のアート性、アートの工芸性

 

曜変天目茶碗

 

油滴天目茶碗

 

             井戸茶碗       志野茶碗

 


[論評——アートと科学の接点としての曜変天目茶碗]

桶谷寧は、世界の陶磁器の歴史において頂点に位置すると評価される、中国は宋の時代に焼造された曜変天目茶碗を現代に再現した陶芸家です。技術的には不可能とされ、幾多の陶芸家がその再現に挑戦してきましたが、本歌に見まごうまでに肉薄することはできませんでした。唯一、桶谷だけが本歌に肩を並べる、あるいはそれを超えるほどのものを実現し得たのです。

曜変天目茶碗を再現したことの意味をほとんどの人は、私の見る限りにおいては、理解していないように見受けられます。通常のいわゆる陶芸的な発想では、再現は永遠に不可能です。薪の窯で、焼くとか、天目の釉薬の元素配分がどうのとかいったことは全然関係ありません。桶谷はむしろそういった従来の発想は否定しており、その否定を超え出て行ったところで初めて曜変の世界が仄見えてくるのです。

それは「土を焼くとはどういうことか」という問題と深くかかわっています。今日の陶芸は「土を焼くとはどういうことか」という問題に答えることができないでいます。土を焼くとは、単に土を焼き固めて色をつける方法、という程度にしか捉えられていないように思われます。

桶谷の曜変天目再現は、アートとしての創作に他なりません。アートとは何かということを定義するとするならば、ここでは“アートは概念の創作である”とすることにします。現代アートがコンセプチュアル(概念的)ということを最大の特徴としているという意味では、桶谷の曜変天目も、陶芸の世界における新しい概念(コンセプト)を創作の結実として獲得されてきたものであるという意味で、立派な現代アートとして評価されるべきものであると考えます。

では、桶谷の曜変天目で創作された概念とは何かと言えば、それは「やきもの(土を焼くということの意味)」の概念そのものです。現代の私たちは、アートとしての「やきもの」を未だ見たことがありません。オブジェと通称される造形表現された作品はたくさんありますが、それらは依然として伝統的な陶芸観の枠内での現代的表現とされるものであって、“新しいやきもの”とは言えません。桶谷の曜変天目だけが、従来の現代陶芸を超えた、“新しいやきもの”の世界を垣間見させているのです。

曜変という現象は、実は日本の桃山期に焼かれた、草創期黒楽、瀬戸黒、志野、織部、伊賀、備前といったやきものにも見られます。曜変現象を見せているこれら国焼きのものは、ほとんどが国宝・重文クラスに指定されているので、私たちが目にする機会はしょっちゅうあるわけではありません。桶谷はこういったの国焼きの作品も、曜変天目茶碗を焼くのと同じコンセプトで焼いています。

アートは概念創作であると、ここでは定義しました。概念創作といえば科学(sience)も概念創作です。なのでこの意味で、アートは科学であり、科学はアートである、ということができます(工芸も、本来はsienceを内包しています)。この観点なしに曜変天目の本質を捉えることはできません。

 


[語録」

 


[プロフィール]

1968(昭和43)年   京都市生れ

1990(平成 2)年   関西大学工学部卒業

1991(平成 3)年   京都府立陶工高等技術専門校修了

1992(平成 4)年   京都市工業試験場修了

1996(平成 8)年   曜変天目の試作に成功する

2001(平成13)年   曜変天目が完成する

2002(平成14)年   曜変天目を初発表

2003(平成15)年   東京で個展開催(銀座黒田陶苑)以後毎年 開催

 


[参考文献]

作品集『曜変天目』桶谷 寧著 解説/笹山 央、他 発行/銀座黒田陶苑 2003年

かたちの会会誌No.02 〈特集・「陶器」の世界の科学と美〉 2008年夏

かたちの会会誌No.11 〈ものの美シリーズ1・桶谷 寧のやきもの〉2013年冬

かたちの会会誌No.12 〈桶谷 寧語録「桶谷 寧の茶碗を見る会」で語られたこと〉2013年夏