第12号[2025年6月13日発行]
目次
【TOPIC Ⅰ】『大蔵達雄の仕事ーー根来と見立て』発刊
【TOPIC Ⅱ】人間機械論[5]
欲望機械が生産するのは「現実」そのものである。
ーードゥルース+ガタリの人間機械論について
【TOPIC Ⅲ】空間の奥行き[4]
西洋の近世絵画の本質は“だまし絵”志向であること
【悦ばしきコトノハ】
【TOPIC Ⅰ】かたちブックス新刊本のお知らせ
『大蔵達雄の仕事ーー根来と見立て』発刊
6月20日『大蔵達雄の仕事ーー根来と見立て』を発刊します。
漆作家大蔵達雄さんは長野県南木曽町の代々の木地師の生まれで、漆作家としてのキャリアは半世紀を超えています。作品集の発刊は今回が処女出版となります。
作風は、根来塗という紀州根来寺で鎌倉時代以来作られ続けてきた漆器の作調を土台として、木地作りから仕上げまで個人制作で一貫し、現代根来の漆器の世界を展開して多くの愛好家の共感を得てきています。
漆作家としてすでに円熟した境地に至っていますが、近年は錆た鉄製の生地に漆を塗るという手法で作域を広げていき、「見立て」によるオリジナルな表現世界を切り開きつつある作家です。
詳細はこちらで
B5版 4色刷 216頁
文/大蔵達雄、河田 貞、笹山 央
価格/3,300円 (消費税込)
《目次》
第一章 工房の四季 /第二章 食を想う — 和食/第三章 一枚の写真から — 木地師とは?/第四章 漆とは?/第五章 産業としての漆器作り/第六章 番外編/
展開
図版I/図版Ⅱ
解説文=大蔵流 〟根来塗の試み 河田 貞/質実にして雅味ある漆器、そして「見立ての仕事」へ 笹山 央
【TOPIC Ⅱ】人間機械論[4]
欲望機械が生産するのは「現実」そのものである。
ーードゥルース+ガタリの人間機械論について
人間機械論の現在における到達地の先端点をなしているのは、ドゥルーズとガタリ(精神分析家)の共著による『アンチ・オイディプス』という本で展開されている哲学でしょう。その第1ページ目は「第1章 欲望機械 第1節 欲望的生産」とあって、本文10行の中に「機械」という言葉が17回出てきます。その一節を紹介すると、こんなふうです。
「乳房はミルクを生産する機械であり、口はこの機械に連結される機械である。拒食症の口は、食べる機械、肛門機械、話す機械、呼吸する機械(喘息の発作)の間でためらっている。こんなふうにひとはみなちょっとした大工仕事をしては、それぞれに自分の小さな機械を組み立てているのだ。」
この本のサブタイトルは「資本主義と分裂症」とあり、資本主義という言葉で総括される「社会的生産」と分裂症という言葉で総括される「欲望的生産」との関係を、「社会的生産は欲望的生産そのものである」と捉えて、その眺望の中で、人間の精神を構造的に規定している「社会」と「欲望」の「オイディプス的拘束」を告発していく、というのがこの本のテーマです。
オイディプス(コンプレックス)というのは古典ギリシャ悲劇の主人公オイディプス王のことで、運命の差配によって父親を殺害し、母親と姦通するという不条理な事態に巻き込まれます。精神分析学ではこの父―母―息子(娘)の三角関係が人間の無意識(潜在意識)を構造的に規定していると考えて、その精神世界の多様な現象を分析していきます。その分析は、人間精神のオイディプス(コンプレックス)からの解放を目的としているというふうに普通は考えられるのですが、それをドゥルース+ガタリは、むしろ精神分析学それ自体が人間の精神をオイディプスの中に拘束していこうとしている、というふうに捉え返していくのです。そのために人間機械論のアイデアを導入し、理論的解析のメスとして活用している、というふうに言えるかと思います。
ドゥルース+ガタリの著書が20世紀の後半に出てきて現代思想界に旋風を巻き起こしていく以前には、構造主義という哲学が席巻していて、人間の思考や行動が社会システムや文化の潜在意識的な構造に規定されているという考え方をベースとするものです。人間の生き方が、なんとなく最初から構造的に決定されているような印象を受けますが、この「構造」という考え方に対して、ドゥルース+ガタリは「機械」というシステムで構造主義を乗り越えていこうとしたと考えられます。
「欲望機械による欲望的生産は〈まさに現実そのものを生産する〉」という根本命題(この命題の背景にはt御者の分厚い思考の積み重ねがあるのですが)があって、欲望機械をオイディプス的抑圧から解放することによってその本来のはたらきを取り戻し、人間の生の大いなる肯定(ニーチェ)へと向かわせていこうとする意図が、人間機械論の最新ヴァージョンには込められていると、私は考えています。 (H.S.)
【TOPIC Ⅲ】空間の奥行き[4]
西洋の近世絵画の本質は“だまし絵”志向であること
現実の世界には「奥行き」という客観的な事象は存在しません。つまり「これが奥行き」と指示できる、実在としての「奥行き」というものは存在しないということです。奥行きとして現象する空間は、たとえば同じ大きさの木であっても「遠くのものは小さく、近くのものは大きく」見えることによって認知されるわけですが、その「遠くにある」木のところまで行ってみると、近くで見た木と同じ大きさの木を実見するにすぎません。その時には、「遠くの小さく見えていた木」は消え去っているわけです。と同時に「奥行き」として認知されていた空間も消え去っています。
このことから、「奥行き」というのは一つのイリュージョン(幻想)であって、遠近法はそのイリュージョンを合理的に作り出していく技法として案出されたものであると解釈できます。これが西洋の場合は、人間の肉眼が認識する客観的世界の映像と全く同じもの(つまりリアル感)を作り出そうとする動機に発していたのであるし、東アジアにおいては、人間の精神空間のイメージ(たとえば老子の「玄之又玄」)の現出を企んだものと言えるでしょう。
西洋の近世・近代絵画が遠近法の技法を使って現実的な視像の再現を目指したところから、私は近世・近代の絵画表現の本質を「だまし絵」と総括しています。実際、ルネッサンス期においては、邸内の窓の周辺の壁に、窓から見える風景と見間違えるほどに風景をリアルに描くことが目指されていたし、バロック期の教会の天井画には、実物の天使が中空を舞っているかの如き描画がなされていて、これらの作例をひっくるめて“だまし絵”という一つのカテゴリーが設けられているほどです。
しかし19世紀後半に至って西洋の絵画は“だまし絵”志向からの脱却が試みられていくようになります。印象派(これは明暗法の解体を通して遠近法の解体へと至るムーブメントですが)や後期印象派、特にセザンヌの挑戦が、絵画空間内での、イリュージョンではないまさにリアルな事象としての「奥行き」表現を目指していきます。この動きを、私は「絵画の真実」と呼んでいます。
セザンヌによって切り開かれた「絵画の真実」は、20世紀に入って「造形表現の真実」へと展開していきます。そして彫刻表現の一つの流れにおいては、三次元空間の中での「ヴォリューム表現の真実」という領域が示唆されることになっていくわけです(ということを、私は森さんの彫刻研究から教示されたのでした)。
【悦ばしきコトノハ】
「ソトチク素材は、風雨や日光に晒されたり、生命活動の場にあり続けることで 時間や生命の営みを記憶した素材のこと」
(「GRID FRAME」(主宰・田中稔郎氏)のホームページより)
建築・イ テリア分野のデザイン・ファクトリー「GRID FRAME」(主宰は田中稔郎氏)の事業コンセプトを表現した言葉です。
「ソトチク」は造語で、ホームページでは「SOTOCHIKUとは想定[外]の構[築]」と謳い、漢字では「外築」と表記されます。私の印象で言えば、身の回りにあるあらゆる素材を、インテリアや建築素材として取り込んでいこうという考え方・ムーブメントで、「風雨や日光に晒されたり」とか「時間や生命の営みを記憶した素材」とあるところから、生活用具・部品として使命を終えた廃材とか産業廃棄物とかが連想されますが、そういったものを再利用し、生活空間の中に蘇生させようとするものです。
現在は能登半島の被災によって大量に排出した瓦礫やスクラップの寄付を受けながら、都内のインテリア素材として活用していくプロジェクトを提唱し、実践する活動を展開しています。被災地と都市をつなげる活動であり、またスクラップという「全体を失った部分」のアトランダムな接合による新しい文化の流れを、創出していこうとする試みと言えるでしょう。 (H.S.)
(「ソトチク」という言葉は田中氏の造語ですが、私は最初に耳にしたときに「ハンチク」という言葉を連想したので、初聞き感はあまりありませんでした。「ハンチク」は伝統的な土木用語で、日本語では「版築」と書きます。「土を層状に突き固めて建物の基礎や壁を構築する工法」とされますが、現代では途絶えていると言われています。ソトチクとハンチク、なんとなく通じるものがあるような気がしませんか?)
編集後記
かたちブックスめるまが便 第13号
発行メディア:工芸評論「かたち」 https://katachi21.com/
発行サイト:かたちブックス
Copyright(c)Hiroshi Sasayama 2024
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