第5号[2024年9月27日発行]
第5号[2024年9月27日発行]
目次
【TOPIC Ⅰ】【書籍紹介】
『商空間のデザイン手法』 山倉礼士著
【TOPIC Ⅱ】
「西川勝人 静寂の響き」展(DIC川村記念美術館)感想
文・海野次郎(画家)
【TOPIC Ⅲ】よもやま話
屋号の「かたち」について 文・笹山 央
【TOPIC Ⅳ】悦ばしきコトノハ
【読者投稿】
『溶ける機能——飯島直樹のデザイン手法』の読書感想文特集(前号)の感想
大藏達雄[漆器作家]
【TOPIC Ⅰ】【書籍紹介】
『商空間のデザイン手法』 山倉礼士著
学芸出版社 2024年7月15日発行
文・笹山 央(かたちブックス主幹)
『溶ける機能――飯島直樹のデザイン手法』を編集させていただいたお蔭で、インテリアデザインの実例を前に、室内(外)空間の構成を読みとりながら、ディテール間の照応やデザインの工夫どころ、コンセプトの表現のされ方など、あたかも小説を読むかのように楽しめるようになりました。
『商空間のデザイン手法』はまさにそのように秩序だった書き方がなされていて、21世紀に入ってからの日本の商空間の先進的なインテリアの状況を俯瞰的に眺めることができるとともに、「活字を読む娯(たの)しみ」に浸れる本ともなっているようです。
私にとって興味深く感じられたのは、インテリアへのアプローチがデザイナーそれぞれであり、彼・彼女らの個性や感性の働き方、趣味や研究心の在り方がそのままデザインコンセプトに繋がっていって、都市文化の構成要素としても価値づけられる商空間の多様性を顕現していることです。
以下、印象に残った文章をいくつか拾っておきましょう。
ミナペルフォネンの世界――受け身
「ランドスケーププロダクツが手掛けた空間では、デザインの強弱、言い換えれば各部の意匠やディテールが主張する声の大きさを一定に保てることが、個性である…。」(p.050)
二俣公一のデザイン――触覚
「手の触れる距離にあるディテールの完成度と、明確な意図のもとに生み出された‟余白”が、ラグジュアリーと違う尺度で生み出される“豊かさ”となって…。」(p.060)
片山正通のデザイン――織物のような
「即興を心から楽しみ、現場で生まれる“瞬間的なデザイン”の価値を店舗に生かす名人…。」
「ゴールは空間が完成することではなく、クライアントに最高のスタートを用意することなんです。」(p.067)
JCD理事長窪田さんのデザイン――表面
「車のボディに映り込む映像を惚れぼれと見てしまうような体験は、車、映像、カフェのシームレスな繋がりがあればこそ生まれるのだ。」(p.148)
著者山倉礼士氏と飯島直樹氏の対談(巻末)から――生成変化する空間
飯島「商いの現実に基づく何事かを考えた人達が新しいことを小さなスペースから始め出す。その小さな動きが大きくなり、次のムードが醸成されていく、という繰り返し…。」(p.183)
掲載されている店舗(全34店)
ハイアットリージェンシー京都/ホテルクラスカ/松虎/ザ・ペニンシュラ東京/堀江ブルー/アシエンダデル シエロ/マンダリンバー 鮨そら|マンダリンオリエンタル東京/ハウス西麻布/コール/ビジュウ/DDD HOTEL/ループウィラー/代官山蔦屋書店|代官山T-SITE/ドルチェ&ガッバーナ青山店/伊勢丹新宿店/リスン京都/菓子匠花桔梗/イソップ京都店/オルソームーンスター/小田垣商店本店/ナイキ ワンラブ/CA4LA表参道店/デサントブラン福岡/イグアナアイ青山本店/beautiful people POP-UP store/ミュゼ大阪/プリティシングス/ダンデライオン・チョコレート ファクトリー&カフェ蔵前/メルセデス・ベンツ コネクション/スクワット/電通デジタル汐留PORT/武蔵野美術大学ゼロスペース/シシオフィス・プレスルーム/社食堂
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【TOPIC Ⅱ】
「西川勝人 静寂の響き」展感想
DIC川村記念美術館 2024.09.14~2024.01.26
文・海野次郎(画家)
今年の春から初夏にかけてドイツに滞在し、西川氏との親交も得たという水墨作家の海野次郎氏に、展覧会の感想を書いていただきました。
西川氏の作品には時間への愛があるように感じる。
今回、DIC川村記念美術館が休館されるとの発表を受けて、この西川勝人展を観るのは複雑な感じがする。アートへの意識が薄い日本の国だとは知っていても、西川氏が本拠とするインゼル・ホンブロイッヒ美術館と少し似た感じのあるDIC川村記念美術館であるゆえに、よけいに無念さがつのる。
今回の展示会場のなかで、西川氏によって設計されたラビリンス(迷宮)が印象的だった。
(ラビリンスの画像は9月29日以降、画像提供され次第掲載します。)
迷路は胸ほどの高さの白い壁で仕切られており、視界を遮ることはなく、それを隔てて会話ができるほどの物だ。それゆえに中央へ至る道を失うことはない。しかし、床に置かれた作品は隠されていて、道を辿ることによって、順番に鑑賞することになる、壁の上にも展示された作品はどこからも見ることができる。巧みな仕掛けだ。
中央へ至ると方形に花弁が敷き詰められており、香りに包まれている自分を感じる。そのなかを漂っているうちに、ふとこの花弁たちが会期の終わりごろには、すっかり枯れ果てた風景を見せているだろうことに気が付く。
西川氏が本拠地としているインゼル・ホンブロイッヒ美術館にも氏の手がける迷宮がある。ここの迷宮は外壁によって囲われた別天地になっている。中央には池が設けられている。
私が訪れたときには、土を入れ替えて迷宮の内壁となるハーブを植えていた。設けられた施設は、手を入れて更新していかなければならない。それが時間となって積み重なり、われわれの喜びを深いものにする。氏の作品には常にこの時間への愛があるように感じる。
西川氏はデュッセルドルフ美術大学で彫刻家のエルヴァンィン・ヘーリッヒに学んでいる。そのことがあるのだろうか、バウハウス的な構成を強く感じる。と同時に表に形として現れることはないのだが、静かで強い日本的感性を感じる。こうした作家のいてくれることに救いを感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【TOPIC Ⅲ】よもやまま話
屋号の「かたち」について
文・笹山 央(かたちブックス主幹)
「かたちブックス」の「かたち」という言葉についてひとくさり書いておきます。
私(「かたちブックス」の主幹)はもともと現代工芸の分野で工芸評論を趣旨とした季刊の雑誌を編集発行してまして、その雑誌のタイトルを「かたち」と名付けたのです。1980年1月に創刊しました。
「かたち」と名付けた理由はいろいろありまして、ここには書ききれません。
二つだけ言っておきますと、20世紀の現代美術は“美術”概念の徹底的検証をコンセプトとしてその否定と破壊を遂行してきたのですが、70年代末にどん詰まりまで行ってしまって、「現代美術の終焉」とまで言われるようになっていました。その時期に私は「これからのアートは、破壊ではなく“かたち(構造)づくり”を目指すべき」という考えのもとで、工芸分野を拠点とした評論雑誌を一人で立ち上げたという次第です(当時は「かたち」という言葉は反動的なイメージで受け止められていました)。
もう一つは、「工芸」という言葉の定義を“オブジェ(用途のないもの)”領域を含んだ「あらゆる“かたちあるもの”を包摂した創作分野」としたことです(ムズカシクいうと、工芸の外延を最大限に拡げたということです)。そのことを伝えるために“工芸”という言葉に替えて“かたち”という言葉を使うことにしたのです。
実はこれには伏線とすべき話がありまして、私は学生時代を京都で過ごしてまして、下宿の近く(学校の近くでもある)の本屋さんで『遊』というタイトルの不定期刊行の雑誌を目にして、とても興味を覚えたのです。それは「オブジェマガジン」を自称していて、哲学、文学、音楽、科学一般、神霊学など多分野を横断する内容で、ヴィジュアルと言語表現を融合させた、当時(1970年代前半)としては極めて先鋭的な編集手法で創られた雑誌でした。その雑誌を読んでいて、いつかこんな雑誌を自分も作りたいものだと考えるようになりました。それがのちの「かたち」の素地となったのです。
『遊』の編集長は先日亡くなられた松岡正剛さんです。松岡さんの初期の仕事ですね。『かたち』創刊後松岡さんに寄稿依頼したことがありますが、人気の上り坂にあるころで、忙しいとかで断られました。
結局生前中は直接お目にかかる機会が得られませんでした。 合掌
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【TOPIC Ⅳ】悦ばしきコトノハ
「私たちの日常性を、政治に手渡すことはできないのだ。」
長澤岳夫『2Bの鉛筆でそっと書け』
コピーライター長澤岳夫さんがデザイン誌『ブレーン』の1974年2月号(今から50年前)に寄稿した文章『2Bの鉛筆でそっと書け』のなかで見つけた文言です。世の中が第一次石油ショックで大騒ぎしていたときのもので、この文の前は次のように書かれています。
「政治家にとっては、今度の事件こそ日常性ではないだろうか。政治的手腕をじっくり拝見させていただこう。たとえ、裏の山から石油が出ても、教えてなんかやらない。」(長澤さんのお宅は関東のS市の、市街を少しはずれた、裏がクヌギの林になっているところにあります。)
長澤さんは1970年の大阪万博以降の広告デザインの戦場で、自立したコピーライターとして時代をリードしていった人です。冒頭の「悦ばしき言の葉」は長澤さんの生き様が簡潔明瞭に表明されています。それはまさに、自由であることを尊ぶ人の政治的表明にほかなりません。
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【読者投稿】
『溶ける機能——飯島直樹のデザイン手法』の読書感想文特集(前号)の感想
大藏達雄[漆器作家]
「溶ける機能」とは一体どういうことなのか、私にはなかなか想像できません。思いを巡らせているうちに、対極的な在りようとして『部分最適解』という言葉が浮かんできました。
工芸の世界では、制作の膨大な労力を思わせる作品に出会うことがあります。ただし全体としてみると、座りの悪い印象が残ることもあります。作者なりのこだわりかもしれませんが、部分の完成度ばかり追求した結果のように見えます。とはいえ、決して他人事ではなく、全体を俯瞰し統合された美意識で仕事をしているのかは、自分も十分に怪しいものです。
このように考えていくと、機能を満たしながらもそれが作品に溶けるようであること、それはデザインの理想郷なのだろうと思いました。
編集後記
かたちブックスめるまが便 第4号
発行メディア:工芸評論「かたち」 https://katachi21.com/
発行サイト:かたちブックス
Copyright(c)Hiroshi Sasayama 2024
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