第17号[2025年10月31日発行]
目次
【TOPIC Ⅰ】よもやま話
「かたち」について
――季刊現代工芸評論誌『かたち』と書家 井上有一氏の言葉
【TOPIC Ⅱ】よもやま話
日本の現代ガラス工芸の先蹤
淡島雅吉について
【悦ばしきコトノハ①】
鈴木純子 個展「土を泳ぐ魚」より
【悦ばしきコトノハ②】
映画「黒川の女たち」より
【TOPIC Ⅰ】よもやま話
「かたち」について
――季刊現代工芸評論誌『かたち』と書家 井上有一氏の言葉
季刊現代工芸評論誌『かたち』の発行を思いついた1970年代末期においては、正直言って、「かたち」という名詞は保守的だなと私自身も思っていました。それで当初は「无形」というタイトルを考えていたのですが、高村豊周(高村光太郎の兄)という鋳金工芸家の自伝を読んでいたら、帝国美術展第四科(工芸美術科)の会員メンバーから成るグループ名が「无型」というのであることを知って、同じ名前なのはマズイなと思って、別な名前を考えることにしました。いっそ「かたち」でもいいのではという或る人からの助言を得て、案外ストレートに「かたち」というのもいいかも、と思い始めました。というか、それがきっかけとなって、当時「現代美術の終焉」ということが言われていたこともあって、これからはむしろ「形(秩序)を生成していくのがアヴァンギャルド」というふうに、発想を切り替える転機とすることにしたのです。
保守的な意味での「かたち」ではなくて、これからのアヴァンギャルドを意味する「かたち」であることを伝えようとして、題字には、当時世間的には未だ無名であった書家井上有一氏に揮毫をお願いした。井上氏は我々の間ではすでに「一字書における第一人者」でしたが、あえてひらがなで「かたち」と書いていただくよう懇願しました。それを井上氏はこともなげに引き受けてくださったのでした。
そして、依頼時にインタビュー取材して、創刊号の表紙の裏のページ(表2)に井上氏の言葉を掲載しました。井上氏は以下のように発言しています。
「文字というのはみんなかたちですね。言葉だけれども、言葉がかたちになっているわけです。そのかたちを形として見ないということですかね。僕が普段使っている言葉で言うと、かたちを空間として見るということなんですがね。だから、白い紙に黒い字を書いてある、その黒い字の部分の形だけを見るんじゃなくて、周囲の白も見るわけですね。この白い部分を普通は余白と言ってるけれども、余白じゃなくて、白も黒も混然とした一つのものとして見る、つまり全体を一つのかたちとして見る。それは何かというと、空間と呼んでもいいし、書は人なりという意味では人間であるといってもいいし、あるいは宇宙だとか、境涯だとかいろんな言い方があると思うけれども、要するにかたちを通してその奥にあるものを見る、とそういうことになりますかね。」(H.S.)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【TOPIC Ⅱ】ガラス造形
日本の現代ガラス工芸の先蹤
淡島雅吉について
前回紹介したガラス造形作家大村俊二さんとは十数年来の付き合いですが、一昨年(2023年)の個展に出品された新作群を見たとき、大村さん独自の世界が開かれつつあることを感じていました。同時に、淡島雅吉(1913-79)という、戦後日本のガラス工芸界に一閃の光芒を放っていた作家の仕事を思い浮かべていました。いけばな作家の中川幸夫さんの交遊録談を通して知ることになった淡島雅吉は、当時見ることのできたわずか2,3枚ほどの作品写真で、日本の現代ガラスの最高峰だという独断を私は下しました。
作風的にはガラスの透明性への嗜好に基づいて、その素材感を生かしていく作調です。「しずくガラス」という、ガラス食器の加飾法として知られている技法は淡島が創始したものです。色ガラスを使ったものにも秀作が多く、その色彩感覚と透明媒体への嗜好は、昭和時代の活動時期が重なるインダストリアルデザイナー倉俣史朗の感覚にも一脈通じるところがあります。
日本における現代ガラス工芸の歴史が本格化するのは1980年代に入ってからですが、それ以前は、ガラスメーカーのデザイン室に所属するデザイナーが個別的に創作しているのを散見する程度のものでした(日本伝統工芸展では、ガラス工芸は「その他」の部門に入れられていました)。淡島の没年は1979年(66歳)なので、ほとんど忘れられた存在であったと言えるかもしれません。しかし私は、淡島の明確な造形意志からして、現代ガラス工芸史の初期において一つの頂点を築いた作家であり、以後かれを超える作家は出ていないというふうに考えていました。
このことは、2019年に町田市立博物館で回顧展が開催されたときに見に行って、自分の判断に誤りがないことを確認しました。ということは、1980年代後半あたりからガラス工芸が盛んになっていきはしたものの、2019年時点で淡島の創作世界を超える仕事はまだ出てきていないということを意味しています。そのことが、私がガラス工芸・造形のジャンルを論じようという気に、イマイチなれなかった理由の一つです。
しかし昨年の大村さんの個展を見て、その仕事に淡島の世界を超えていく契機のようなものを感じとりました。今後大村さんが順調にその作行きを深めていけば、世界の現代ガラスシーンに打って出ることのできる「日本の現代ガラス造形」を、この眼で見る楽しみに預かることができそうです。
(H.S.)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【悦ばしきコトノハ①】
マイクロプラスティック、ナノプラスティック、海洋ゴミ問題、人が口にする魚も食べているかもしれない由々しき事態。2022年から制作しているシリーズFishless fishは奄美大島の海岸で拾ったプラスティックから始まった。その後、沖縄本島、久米島と南の島でプラを拾った。プラを拾いに行くと、目に飛び込んでくる貝や石も拾った。今回、4歳~19歳まで横浜で育った神奈川の海岸に行った。南の島の砂浜に比べると、砂も黒くてテンションが下がると思いつつ、通った。辻堂、一色海岸、由比ガ浜、大磯、同じ相模湾なのに、砂の色が違う! 貝も違う! プラごみも違うかも! 関東の海の砂はみんな黒っぽいと……と思っていた。「なんで?」「なんで?」が始まった。
鈴木純子 個展「土を泳ぐ魚」より
鈴木純子さんはファイバーアーチストとして活動しています。環境問題に敏感な人で、身の回りにしのび込んできている事物の観察から始まって地球レベルに及ぶ環境問題を、ファイバー素材を使って視覚化したアートワークを展開してきています。2022年ごろから海洋でのマイクロプラスティックの問題が彼女の視野に飛び込んできました。彼女は南の島の砂浜に散乱するプラスティックごみを集め、そのチップで魚の彫刻を創作したりしています。
ここではとりあえず、鈴木さん自身が作った活動記録の一端を報告しておきます。(H.S.)
Youtube
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【悦ばしきコトノハ②】
私たちがどれほど辛く悲しい思いをしたか、私らの犠牲で帰ってこれたということは覚えていて欲しい。
敗戦直前の満州で「性接待」を強いられた女性の言葉(映画『黒川の女たち』より)
最近は映画館に行くことがめっきりなくなりましたが、先日久しぶりに映画を観てきました。タイトルは「黒川の女たち」。15年戦争中の満蒙開拓団が敗戦により引き上げようとしたときに、ソ連軍の侵攻に遭った。中には集団自決した開拓団もあったほどの危機的状況の中で、窮余の策としてソ連軍に助けを求めたが、その見返りにが夜毎ソ連兵士の性処理の相手に差し出されたという史実を伝えようとするドキュメントです。「黒川開拓団」は岐阜県黒川村(現白川町)の村民たちの集団で、主要な登場人物は、当時数えで18歳から22歳くらいで性接待の犠牲となり、戦後、故郷に帰り着いてもゆえなき差別と偏見のまなざしを浴びて、満州での体験についても沈黙を余儀なくされてきた女性たちです。それでも2013年に一人の女性が公の場で真実を告白したのをきっかけに、生き残った女性たちが語り始めます。そして地元の神社にすでに建てられていた「乙女の碑」の横に、「性接待」の事実を記録した碑文が添えられて、その史実が公となるに至りました。上掲の文は、「黒川の女たち」の一人が遺した言葉です。
映画は、その史実を明らかにすることもさりながら、もう一つ、女性たちの戦争体験を「どう伝えるか」をテーマとして設定し、映画の作り方にも工夫が見られます。
「どう伝えるか」の問題を取り上げるのは、今年の夏のテレビ、新聞の被曝・敗戦特集でも顕著に見られた傾向でした。直接的な体験者が数少なくなってきていることが反映してるんですね。
この問題について私なりに考えてみたところ、「伝えていくこと」の最大の障害となっていることは、“無関心”という反応だと考えるに至りました。日本の国民の場合、自分に関係のないことには無関心という人が過半数を超えているように感じられます。無関心の人が過半数だと、「伝えよう」とする人は常に少数派を余儀なくされます。無関心という反応をどう撲滅していくか。これはこれからの民主主義のあり方にとっても根本的な問題であるように思います。
冒頭の「黒川の女たち」の言葉が放っている怒りの感情には、史実そのものと、帰国してからの“誤った伝えられ方”による偏見や差別に対するものに加えて、過半数の国民の無関心ということにも向けられているように私には感じられます。
(H.S.)
詳細は映画「黒川の女たち」
編集後記
かたちブックスめるまが便 第17号
発行メディア:工芸評論「かたち」 https://katachi21.com/
発行サイト:かたちブックス
Copyright(c)Hiroshi Sasayama 2024
本メールの無断複製、転送をお断りします。
バックナンバー
めるまが発行のつどの通知を希望される方は、この「読者登録」からお申し込みください。
その他のお問い合わせも「読者登録」から「メッセージ」欄をご利用ください。










