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KATACHI BOOKSメールマガジン24

第24号[2026年7月24日発行]
目次

【TOPIC  Ⅰ】近刊のご案内

海野次郎著『水墨--間に立つ絵画』を編集作業中です。
内容の一部をご紹介します。

【TOPIC Ⅱ】よもやま話

天皇制の存続についての私見

【TOPIC Ⅲ】POST KOGEI(脱「工芸」Ⅴ)

これからは、脱「工芸」(5)
「工芸」という概念に代わる
「ものづくりの学びのシステムと批評」

 

 

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【TOPIC  Ⅰ】近刊のご案内
海野次郎著『水墨--間に立つ絵画』を編集作業中です。
内容の一部をご紹介します。

 

 一昨年にかたちブックスで作品集を作らせてもらった水墨作家の海野次郎さんが、持論の「水墨論」をまとめた単行本の制作を進めています。編集作業は今回もかたちブックスで手伝わせてもらってますが、オリジナリティの高い、興味深い内容です。その概要は後日お知らせするとして、オリジナリティの一端を示す話題を一つ紹介いたします。
 本全体の趣旨は「水墨=SUIBOKUは間(ま)に立つ絵画である」という命題をアピールすることであり、その検証作業として、中国・日本の水墨画史に登場する著名画家の創作世界を評論していく叙述法をとっています。
 日本水墨画史では桃山期の本阿弥光悦と俵屋宗達、江戸中期の臨済宗禅僧白隠と文人画家 池大雅,、そして大正から昭和前期に活動した村上華岳の3事例に特に力点が置かれていて、その論旨も明快なので、そのさわりのところを簡単に引用しておきましょう。
 本阿弥光悦・俵屋宗達の項では、「間とは物質的な様態である」というふうなことが言われています。作例に上げているのは、「船橋蒔絵硯箱」(国宝)、「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」(重文)、「牛図」二幅(重文)。その見所について、たとえば和歌巻では「紙と胡粉、金泥、銀泥、墨の重なりが絡み合って調和を作っている。ごく薄い重なりだが、物質の持つ三次元を意識して巧まれているのだ」と。牛図については「画材すべてを等しく物質と見なすことで、あらゆる物質とのあいだで間を成立させ、その結果さらに牛という言語の概念を離れることまでが予言されている(この予言は、20世紀に至って世界の現代美術の中で成就されていきます。筆者註)」このようなラディカルさは、光悦・宗達と同時期の、古田織部や千利休にも通じていて、桃山期造形美の先鋭性を特徴付けるものであると、筆者も同感します。
 白隠・池大雅の項では、「無意識で絵を描く」ということが言われています。言及している作例は、白隠は「大燈国師図」(永青文庫蔵)、大雅は「釣便図」(川端康成記念会蔵)と「柳下童子図」。白隠においては「間が意識の問題として扱われている」と見ています。白隠の仏弟子である大雅の絵については、「主題と余白の二つの世界が同時に成立する状態自体が間であり、主題と余白に限らず、その次元を超えて複数の世界で成り立つことを認識している」と読み解いています。さらに「本当に驚くべきは、緻密に計算されて成立していながら、作者自身はこれを意識しないで描いていると思われる点にある」としています。言い換えれば、「間とは意識と無意識のはざまの造形である」ということでしょうか。
 村上華岳については、「墨の仕事で東洋的な刹那の存在としての牡丹を表現し、絵の具で重層する時間を表現している。時間をめぐる、日本と西洋の認識の違いを同時に成立させて、「間」をつくっているのだ」ということです。そして華岳の創作の意義を評価できる環境が近代日本にはなく、孤立したまま今日に至っているとしています。  (H.S)

 

 

海野次郎作品集

 


本阿弥光悦作 「船橋蒔絵硯箱」

 

俵屋宗達筆 「牛図」 軸二幅

  

白隠筆 「大燈国師図」

池大雅筆 「柳下童子図」

村上華岳筆「春泥」

 

 

 

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【TOPIC Ⅱ】よもやま話
戦争が日常的に演出されるようになった国際社会の中、
天皇制の存続についての私見

 

 この夏の国会では、国の今後の命運を左右するような重要法案が、十分な論議を経ないまま、次々と可決・成立していきました。私が受ける印象では、暗雲が立ち込めてくるような重苦しいものを感じます。
 そのうちの一つ、皇室典範の改正をめぐって突如起こってきた天皇制に関する諸議論の中で、私の思うところをひと言述べておくことにいたします(これは日本型民主主義の根幹に関わることなので、看過できないものがあると考えるからです)。
 諸議論の中には天皇制廃止の議論も復活してきているのですが、民主主義の本来の精神からすれば天皇制廃止はまっとうな考えであり、実際にも、敗戦後の数十年間は、日本国民の少なからぬ人びとの間で、天皇制廃止は当然のことのように口端に上っていました。私自身のことを思い返すと、小学生の頃は明仁皇太子のご成婚や浩宮様ご誕生の際には、お祝いの感情とともにテレビを見たりしていましたが、十代には民主主義の考えを了解して、天皇制廃止を支持していたことを記憶してます。
 その後、明仁皇太子が天皇に即位されてからの平成年間、天皇の行状をメディアを介して見聞きしているうちに、その生き様に対して次第になにがしかの共感を覚えるようになっていきました。特に、天皇の座を退いて上皇となられる際に述べられた所感に、「憲法に規定された“象徴”の意味や、象徴天皇として為すべきことは何かを考えながら云々」というお言葉があったことが忘れられません。このお言葉と、在位期間中に国内や海外の太平洋戦争の戦跡を巡って慰霊の旅を重ねられたこととを併せて考えれば、日本の戦後思想の表明としても最重要なものの一つに上げられると考えます。
 戦後の天皇制という事象は戦争責任ということと切り離して評価することはできませんが、この戦争責任ということについて、ある若手の思想家が日本人の意識構造における「当事者意識の希薄さ」ということを指摘していて、このことに私は目を開かされたような思いがありました。要するに、「自分は強制的に戦争に協力させられたのだから、むしろ被害者だ」とか「戦時中は内心では戦争に反対していたから、自分には加害性はない」とかいうような意識です(現首相に至っては、自分は戦後生まれだから、戦争責任は負わない、とまで言い出す始末です)。戦後の数十年の間にたくさんの戦争責任論が論じられてきましたが、「当事者意識」の欠落したところでの論が多かったので、どこかリアリティが希薄で(と私は感じていました)、結局戦後の文化的な果実としては育つことなく、今日の国家主義的な社会状況への先祖返りの一要因にさえなってしまったと思っています。
 そういう中で、「象徴天皇」として何をなすべきかを考え、それを実践していった平成天皇(とその意思を受け継いでいると思われる今上天皇)の行動は、日本国憲法に表された民主主義の理念を、身をもって実践するものであると私は受け止めています。現実の天皇がそのような生き方を表明している限りにおいては、われわれ日本国民も天皇と歩みを共にすることを考えるざるをえないのではないかと思います。
 日本国民が自ら、まさに‟国民の総意”として、戦争責任を‟当事者意識”を持って負っていくという自覚をもつに至るまでは、天皇制を廃止することは不条理ではないか。そしてそのことを前提として、象徴天皇の維持は、直系の長子継承の形をとるのが自然であると私は考えます。  (H.S)

 

 

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TOPIC Ⅲ】POST KOGEI(脱「工芸」Ⅴ)
これからは、脱「工芸」(5)
「工芸」という概念に代わる
「ものづくりの学びのシステムと批評」

 

 私が石川県小松市の九谷焼技術研修所の研修生を対象に毎年一度行っている「工芸概論」の講義は、今年は先月(6月)の11、12日とありました。聴講者は毎年異なっているのですが、今年は、このメルマガで書いてきた“ポスト工芸”のことを率直に話してみて、どういう反応を得られるか試みてみることにしました。相変わらず無関心を装われて失敗に終わることも充分に予想されることでしたが…。以下、合計6~7時間に及ぶ講義の概略をここに報告します。
 まず最近の自分の心境を語り、「工芸」という概念に代わる「ものづくりの学びのシステムと批評」を改めて考え直していくことにしたいと表明しました。
 次に、“工芸とは何か”について従来の考え方を整理し、それに対しての、私が工芸評論誌『かたち』で展開してきた「現代工芸論」の考え方をまとめたものを提示しました(前回[No.23]の当メルマガに書いた事柄です)。
 そして、新たな「ものづくりの学びのシステムと批評」をどう探し求めていくかについて、以下のように論じていきました。
 まず第一に、「工芸」のイメージにまつわる徒弟修業的、禁欲的、当為(こうあるべき、こうすべきというような、学びの押付)的なイメージを払拭する環境を設定する。
 その環境の条件として、いわゆる精神主義的な克己の努力を推奨するような空気を漂わせない。そしてまずは「作りたいものを作る」というところに身を委ねて、それに没頭する。そしてそこから一つの方向性が見出されてくるまではその状態を続けていく。
 一つの方向性が見出されてきて、ものづくりの学びは第二の段階に入ります。この段階でのプログラムを次のように考えてみました。
1.「モノづくりの目的は何か」を考える。
   1. 社会的目的(社会が求めているもの) 2. 個人としての目的
  • ものづくりの価値観をどのように設定するか。
   ⑴ 使えるものを作って自分で楽しむが、他の人にも楽しんでもらえるとうれしい。
   ⑵ 美しいと感じてもらえるものを作る。
   ⑶ 自己表現したい。
   ⑷ 見たことのないものを作りたい。
   ⑸ 世の中に役に立つものを作りたい。
   ⑹ 役に立たないものを作りたい。ナンセンスなものを作って、笑いを取りたい。
   ⑺ こうしたいと思うことを実現させていきたい。
                             他
  • 何者であろうとするかを考える。
 こういったプロセスをシステム化していくことが“ポスト工芸”の新しい文化創造域となる。これを何と名付けるか、今のところは未定です。
 “工芸”という言葉に代わる名付けの案として、講義の際に提案したのは「遊」という漢字を使うことです。「遊」すなわち「あそぶ」という日本語の語義を古語辞典で確認すると、「日常的な生活から別な世界に心身を解放し、その中で熱中もしくは陶酔すること」とありました。またこの言葉は、日本文化の創造的エネルギーを醸成する源泉としてのイメージがあります。そしてこの「遊」を共有し、実践していく中から「かたち」を創り出していく集団としての活動、ということがイメージされてきます。
 といったようなことを話しましたが、聴講者のみなさんは結構聴き耳を立ててくれました。そして彼らの間から別な案も提示されてきたのです。 つづく。   (H.S.)

 


編集後記
かたちブックスめるまが便  第24号
発行メディア:工芸評論「かたち」 https://katachi21.com/
発行サイト:かたちブックス
Copyright(c)Hiroshi Sasayama 2024
本メールの無断複製、転送をお断りします。

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