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次回の開催[Part Ⅱ-1]予告・出品者紹介

リーフレット

 

[Part Ⅱ-1 育ちゆくもの]

会期———— 2018年9月24日(月)ー29日(土)
会場————ギャルリ・プス(東京都中央区銀座5-14-16 銀座アビタシオン201)
出品者———花塚 愛(陶芸)・安田萌音(日本画)・吉田麻未(ミクストメディア)
[企画者口上]
今回からPartⅡに入ります。そして「『現代工芸論』から生まれてきたもの」というサブタイトルは「育ちゆくもの」に変えることにしました。過去3回の出品者はいずれも大学または大学院在学中でしたが、PartⅡでは卒業ないし修了して社会に出たてというあたりに位置することになります。この意味で「育ちゆく」というプロセス上にあると見なせるかと考えたわけです。
PartⅡ-1である今回のメンバーは3人です。Part-Ⅰから継続しているのは吉田麻美だけで、あとの二人、花塚愛と安田萌音は企画者から声をかけて、参加してもらえることになりました。どちらも多摩美術大学を卒業しています。
この二人に声をかけたのは、私自身の「日々のなりわい」の中で出会ったということをその理由としたいと思います。

 

※ 参考サイト 掲示板「根源へ」 (8月下旬より展覧会関連の記事掲載予定)

 

出品者紹介

[作品画像、企画者のコメント、出品者のコメントで構成しています。]
花塚 愛  Ai Hanazuka (陶芸)

1982年/神奈川県生まれ 2005年/多摩美術大学美術学部工芸学科卒業 2007年/京都市立芸術大学大学院美術研究科工芸専攻修了 2017年/第53回神奈川県美術展工芸部門大賞受賞

「木と陽」 h620×w170×d170mm 陶

[出品者のコメント]
土の中に潜む星の記憶のようなものが、私の体をめぐる水や目の前に広がる景色をつくっている水を媒体にして、手のひらから伝わってくるのだと思います。生物として昔から知っていることです。ちゃんとした言葉では足りなくて、頭で考えているとずれてきたり、だんだんあやふやな感じがしてきてしまうのですが、土に触れるととてもしっかりと実感させられるのです。ひんやりとしてやわらかく指先や皮膚の境界をするりと超えてくる感覚、生き生きとしたイメージがわいてきます。
星の記憶、土の記憶、水の記憶、それを信じて辿ってゆくことが私の制作で、それをつくることが私にとって「ふつう」です。「いつものこと」で「ふつうのこと」です。
草花も動物もみんなこの土の上にふつうにしているということが、私には大事なことでした。時間は円を描きながら、全体がゆっくりと流れてゆくのを見つめて、毎日をふつうに生きてふつうにつくりたいと思います。
[企画者のコメント]
花塚愛は2017年の神奈川県美術展工芸部門で大賞を受賞しました。その2年前にも奨励賞というのを受賞しています。この間私はこの公募展の審査員を務めていたのですが、大賞を決定するに至る審査員間の討議を通して、2年前の受賞作のことをだんだんと思い出してきて、2年の間に作品のクオリティが飛躍的に高まっているという感想を抱くに至りました。
作品のクオリティが飛躍的に高まるのは若い作家の特徴と言えますが、日々の精進を怠らない真面目さと、ものづくりを通して自己を育てていくというような感性のはたらきがなければ望めないことです。そして現代のような“イデオロギー無効の時代”のアートの在り方として、「日々の精進」の中で何かを育てていくということこそが根源的なことではないかと考えます。
安田萌音 Moeto Yasuda (日本画)

1992年/神奈川県出身 2011年/多摩美術大学絵画学科日本画専攻 入学 2012年/トリエンナーレ豊橋「星野眞吾賞展」入選 2016,17年/個展(ギャラリー東京ユマニテbis)

 

「行為の記録 ー唸りー」 h1030×w728mm
[出品者のコメント]
自然を描くのではなく自然を創る。
自然を模倣するのではなく、絵画の中で自然を再構築することで自然美を表現することを試みる。
絵の具から水分が蒸発する時、絵の具は自然とひび割れていく。それは、絵画の上に現れた、自然が作り出すひとつの美なのではないだろうか。予想外のひび割れが画面のいたるところで起き、私の手の届かないところで作品が完成する。
絵画の中で自然美が生まれるよう、私は媒介としての役割を果たしただけである。
私は大地を創るため、絵画用として精製されていない土を材料に制作している。画面いっぱいに大量の土を乗せると、そこに私だけの大地ができるのだ。それは紛れもなく大地から切り取られた大地であった。
その大地はひび割れ、私の手を離れて完成する。
私は絵画の中に大地を再構築したのだ。
[企画者のコメント]
安田萌音は大学時代は日本画を学びました。しかし彼が志向するところは日本画を描くというよりは、その枠を超えていこうとするところにあります。だからいわば平面オブジェと言ってもいいわけです。
私は彼の作品を初めて見たのは大学院修了時の個展で、都心のギャラリーの壁面全面に及ぶ画面に山塊の形を実現していました。今回の展覧会のために書かれたステートメントに「画面いっぱいに大量の土を乗せると、そこに私だけの大地ができるのだ」という一文がありますが、絵画の枠を壊していこうとする勢いを感じさせます。
ここに私の解釈を投入しますと、「物質の限界を超えていかなければ」というフレーズが見え隠れしてきます。安田の創作が物質の限界領域にまで達しうるかどうかということは
未知の事柄ですが、もしそういう方向に進んでいくようであれば、「育ちゆくもの」という観点からしても、これからどうなっていくかと楽しませてくれる作家であると私は思います。

 

吉田麻美 Mami Yoshida (ミクストメディア)

2015年/「『現代工芸論』から生れてきたもの―根源へ」展PartⅠ-1出品  2016年/多摩美術大学大学院絵画学科油画専攻修了 2016年/個展‐point of view-(JINEN Gallery/東京)

「homeostasis」 h420×w730mm 紙・インク

[出品者のコメント]
 風景、動植物、人の手によるものやそうでないもの、身の回りのものには視覚的に美しいとか心地よいと感じるものがあります。それら視覚的に「魅力的なもの」と感じる根源的なところを求めたいというのが私の現在の動機です。
 自分が魅力を感じるいくつかのものの共通点を探し、それらは(自然のものも人の手によるものも)必ず意図と制約とが積み重なった結果として現れた形であるから魅力的なのだと仮定しました。制作は自分の意図とその他の物事(自分の身体、環境、他者など)との関係を意識して試行しています。「魅力的なもの」の魅力の理由がすぐにはわからないのは、それが複合的なものだからと思われますが、制作によってその複雑さを紐解き、根源的なところへ近づくことができるのではないかと考えています。
[企画者のコメント]
吉田麻美はPartⅠから引き続いての参加です。前回では、ひたすら渦巻きの形を描いていくような作品を出品しました。ただ渦巻きのイメージを描くのではなくて、描き方にひとつの規則を設定して、その規則に従えば自ずから渦巻きの形になっていくというような方法論で政策したのです。いわゆる「絵を描く」のではなくて、あるシステムを客観的に設定し、そのシステムに従っていけば「画像が生まれてくる」というようなアプローチを試みたわけです。
3年後の今回の参加に当たって、現在の制作動機は「視覚的に「魅力的なもの」と感じる根源的なところを求め」たいということであるとステートメントに書いています。このような発想は吉田独特のものですが、その根本にある問題意識は、「人間にとってのアートの意味」を問うことであることには違いないでしょう。