第16号[2025年9月26日発行]
目次
【TOPIC Ⅰ】ガラスの造形
造形素材としてのガラスについて
――透光性の造形論的意味へのアプローチ
【TOPIC Ⅱ】よもやま話
季刊現代工芸評論誌『かたち』のバックナンバーが
通販サイト「日本の古本屋」に出展されてるのを発見しました。
【TOPIC Ⅲ】ジル・ドゥルーズ
「深淵哲学者ドゥルーズの読み方がわかりかけてきました。
【悦ばしきコトノハ】
(山内志朗『ドゥルーズ―内在性の形而上学』より
【TOPIC Ⅰ】ガラスの造形
造形素材としてのガラスについて
――透光性の造形論的意味へのアプローチ
工芸の主だったジャンルとして一般的に思い浮かべられるものを挙げていくと、陶芸、染織、漆芸、金工、木工といったところで、ガラス工芸というと今では随分と盛んになりましたが、前世紀段階では、人形や七宝などと一緒に「その他」のジャンルに分類される程度の認知度しかありませんでした。創作論とか作品論なんかでも、陶芸の場合は、文化的背景として茶の湯や現代美術とのかかわりとかあって、それなりの基盤がありますが、ガラス工芸(特に日本の)となると、1980年代までほとんどなかったという実感が私にはあります(印象・感覚批評的なものはありましたが)。そういった土壌的な基盤がないので、ガラス工芸の分野で創作されているものに、批評的にどうアプローチしていくかは、私などでも手探り状態であったわけです。
ガラス工芸(あるいは造形)論の困難さの一つとして、素材的な特性である「透光性」ということがあります。つまり透き通っているので作品の向こう側が見える、あるいは容器状のものであると内側が見えているということがあります。この事態を造形論的にどう取り込んでいくか、そして言語化していくかというあたりの問題が、そこにアプローチしていく手掛かりがなかなか見つからないでいました。
ところが最近、大村俊二というガラス造形作家の創作にその光明が見えたように感じました。一昨年の個展で発表された新作で、大村さん自身も一つの方向性を見出したといった趣旨のことを述べられてましたが、私自身も「なるほど」と思わされるものを感じ取りました。
先日その大村さんにインタビューする機会があり、そのときの話で、ガラスの素材的特性についての二、三の論点が得られたような気がしました。その一つが、ここで言及しておきたい“透光性”ということです。
“透光性”を顕著な特性としている工芸素材はガラス素材のほかには見当たりません。ガラス以外はみな“遮光性”を特性としています。遮光性とは要するに、それによって見える領域と見えない領域とを作り出すものです。言い換えると、遮光性という性質を持つ素材は、「内側と外側」「こちら側と向こう側」に厳然たる区別を作り出すことが、一つの芸術的ヴィジョンを創り出す前提としてあるわけです。それに対してガラス素材は、「内側と外側」「こちら側と向こう側」の区別を取っ払う機能を有するというふうに言えます。「内側と外側」の区別で言えば、その区別を取っ払うということは「外側を排除する」ということと同義と考えることができます。
外側を排除するということは同時に「内」という観念も排除される、そして従来「内側、外側」として境界付けられていた領域が混入し合って、自在に往来するフラットな世界が現れてくるということです。かくして外と内の区別のない、特異な造形世界を創り出すということ、ここにガラスという素材の現代性を見出していくことができるのではないかと、まあそういった新しい観点が得られてきました。(H.S.)
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【TOPIC Ⅱ】よもやま話
季刊現代工芸評論誌『かたち』のバックナンバーが
通販サイト「日本の古本屋」の出展されてるのを発見しました。
先日、古本の通販サイト「日本の古本屋」を検索していたら、1980年から94年の間に私が編集発行していた季刊現代工芸評論誌『かたち』のバックナンバーが出てきたので、びっくりしました。まさかね、と思うのだけれど、どうやら現実のようであり、そうだとすると全号揃えて所持してくれてた人がいたということであり、そのことに思い至って、感慨の一入のものがあります。
さらに、価格が49,500円と付けられているのはどうしたことでしょう。発行当時の価格は、全34冊合わせて確か30,000円ほどだったと記憶してますが、それにプレミアがついたということになるんでしょうか。古本屋さんの一種の商法なのかもしれませんが、私としてはまあ素朴に、とてもうれしく感じるところであります。
約14年間の発行期間の間には3年ほどのブランクがあります。その前半は12号までで、それから休刊状態を経て復刊することができました。最初の11冊(11・12号は合併で発行)は、東京で一介の馬の骨でしかなかった私が、ほとんど何の人脈的土台もなしに、無謀というほかない玉砕精神で、初期資金50万円で「12号までは出す」という資金計画を立てて、3年間千日修行のつもりで始めたのでした。若い時分のものということもあって、文章は硬く、写真はすべてモノクロでした。
1980年代前半は、まだ「かたち」という言葉が保守的、形式主義的といったイメージで受けとめられていた時代でした。アヴァンギャルド系のアーチストには「かたち? クサイなあ」とバカにされながらの発行でした。11冊発行し終えたときは、弓折れ矢尽きた状態でしたが、これが結局、その後現在に至るまで、曲がりなりにも東京で自営の活動を続けてこれた基盤となったのでした。
そんなこんなで、「日本の古本屋」サイトで『かたち』バックナンバーの写真を見ると、私の胸の内を万感の思いが去来しております。 (H.S.)
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【TOPIC Ⅲ】ジル・ドゥルーズ
「深淵哲学者ドゥルーズの読み方がわかりかけてきました。
昨年かたちブックスで制作発行した『飯島直樹のデザイン手法』が縁で、20世紀フランスの哲学者ジル・ドゥルーズの著作を読み始め、このメールマガジンでもときどき言及してきましたが、最近ある解説書に導かれて、ドゥルーズの読み方が自分なりに少し掴めてきたように感じられるので、そのことについて報告します。
その解説書のタイトルは『ドゥルーズ 内在性の形而上学』とあり(右の画像参照)、著者は山内志朗という西洋中世哲学の研究者で、慶應義塾大学の教授をされてる人です(下の「悦ばしきコトノハ」参照)。サブタイトルにある“内在性”という言葉が、私のドゥルーズ理解の一つの端緒になりました。“内在性”という言葉(概念)の意味は、ふつうイメージされるような「内側に在る」といったようなものではなくて、「内在性とは、内部と外部の境界を設定しようとする発想、つまり外部性の徹底的排除を本質とする。(中略)いかなる外部もないことが、内在性ということのあり方だ」と説かれています。言うならば、内と外の境のない、海のようなフラットなイメージで描かれます。
今、世界の至るところで“移民問題”と称される顕著な現象が起こっています。一方に異文化の共生という観点から移民を受け入れることを容認する人々と、他方に、他文化の侵入による自国文化のアイデンティティの崩壊を危惧して、移民を排斥していこうとする人々との間の対立が深刻化しています。後者には、「他文化を受け入れていくと国家が崩壊し、消滅していく」と弁じる人さえいます。
しかし現代の世界情勢の流れからして、いかなる地域においても複数の異文化の交錯が日常化していく事態は避けがたいと予測されます。人間社会のそういう大変革の時代に、どう生きていくかを考えるとき、ドゥルーズが提示した“内在性の形而上学”は予見的な洞察に満ちているように感じられます。
移民排斥派の人々の「国家や民族が消滅する」という危惧も、歴史の成り行きをマクロに俯瞰する観点からすると、「近世・近代の国家システムの終焉の始まり」と捉えれば、新しい時代のヴィジョンをどう求めていくかという問題として捉え直すことができます。その場合にも、ドゥルーズの著書は「現代社会にどう対処していくか」を様々に提示してくれそうです。
要するに、異文化・異言語・異習慣が入り混じるフラットな生活平面の上で、個人としての生き方が求められる時代の基本図書として、あたかもキリスト教徒が聖書を読むようにドゥルーズを読んでいくことができるような見通しがついてきたということです。(H.S.)
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【悦ばしきコトノハ】
「世界も自分もいつも壊れ続けている。壊れ続けているけれど、それを拾い集めながらでも生きていくしかない。西洋哲学では、ギリシャ以来、実体という基体としてとして安定的に存在し続けるものが求められ続けてきた。っしかし、私は壊れ続けるものに愛おしさを持つ人々と、桜が散る風景に心を惑わせながら、同行してみたいと思う。満開の桜の園において花吹雪の中で佇むドゥルーズの姿を私は哲学の顕現として見てみたい。」(山内志朗『ドゥルーズ―内在性の形而上学』より)
イスラエルによる殲滅的な攻撃を受けつつあるガザ地区や能登半島の被災の惨状は、“現代”を考える上での最重要なキーワードであると私は考えています。その意味で、上記文言の「壊れ続けている」という言葉が、私の心身を揺さぶり続けています。当メルマガの前回、前々回でお伝えした三人の鼎談でも、出席者の一人、田中稔郎さんの、能登半島被災による瓦礫の収集と都市インテリアへのインスタレーションの活動に深く共感・支持するものです。私の為しうることもまた、“現代”が生み出す“瓦礫”を拾い集めながら生きていくほかにないということを、この文によって教示されました。 (H.S.)
編集後記
かたちブックスめるまが便 第16号
発行メディア:工芸評論「かたち」 https://katachi21.com/
発行サイト:かたちブックス
Copyright(c)Hiroshi Sasayama 2024
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